英語学習のヒント
勉強を楽しむことってできるんだろうか。
よく親御さんに言われることがある。楽しく勉強やらせてくださいと。
そんなにおもしろくないのかなぁ、わたしの学習時間は。
で、「なにかありましたか?」と良く聞いてみると、その子は学習に集中できないので、集中できるように楽しい授業にしてほしいというのがお母さんの言い分であった。
楽しい授業、か。
楽しい授業、言葉を換えれば”本人にとっての集中できる授業”で、学習を持続してほしいということだ。
確かに集中できるようなやり方は考える余地がありそうだ。
同じ子どもでも日によっては時間が長いと感じるときもあるし、もうこんな時間?と感じるときもある。
本人がやる気になっているときは時間が短く感じるのだが、問題はどうやって”やる気”を引き出すか、である。
そもそも塾という短い時間だけでやる気を起こすなんてできない相談なのだが・・・
でも、ひとつ解決の糸口がありそうだ。
それは、その子本人にできるだけたくさん話させる、ということだった。
漫才をするわけにもいかないので、その子が考えていることをできるだけ引き出しながら、考え方を導いていく方法だ。答えを出すにはいろんなことが考えられるという驚きと、話すことで自分の考えが次第にまとまってくるというわけだ。
この方法は良いんだけど、子どもたちが多いときは話す時間が少なくなる欠点がある。
音読も良い。
普段、学校(中学、高校)では黙読が多いので、音読しながら目と声で文章を確認する新鮮さが良いらしい。
音読するときは、文章の意味を頭の中で考えながら、ゆっくり読み込んでいく。
英文だって同じで、音読しながらことばの意味を<あたまに>浮かべながら読んでいくと、本人は集中できるようだ。
中学生も高校生も英語の音読にせよ黙読にせよ、簡単な文章の方が良い。読むだけで英語の意味がわかるレベルの英文を読んでいく。
とにかくたくさん読む。
飽きてくるようであれば別の英文に変えよう。
でも、そんな本は受験本には見あたらないんだよね。子ども向けの英語の本(物語など)で練習するしかないのである。
英語の物語が楽しいものだったら、ずいぶん集中しながら読破できる。また、なんだかよく分からない内容であれば、別の本に変えながら進めていけばいい。
要は、読むことにストレスを与えないということ。
こんな風に、集中するためのツールなんて考えるだけでも大変!
ツールに頼るんではなくて、子どもの雰囲気や態度から感じ取りながら、積極的に表に出すためのやり方を考えるしかない。
子どもに集中力がない!と批判する前に、教える側として「なぜ、集中できないか?」「どうしたらいいか?」など考えていく必要がある。
ところで、英語のテキストを考えるとき、なにを根拠に選べばいいだろう。
学校の補習用でテキストを使いたいなら参考書は要らないだろう。教科書の理解のためには参考書を持ち出すまでもないからだ。
学校でユニットごとにまとまった復習用問題集が与えられることがある。それがあれば十分だ。
なければ、市販の教科書準拠問題集を買おう。
問題集は確認のために解くので、その前に教科書を覚えるくらい勉強したい。
教科書をどのようにして利用するかは、子どもの実力によりさまざまだと思うが、教科書の英文を最終的に覚える、書けるレベルにしたい。学校レベルの定期試験はこれで十分である。
では、受験には対応できるのだろうか。
教科書は基本なのだからちゃんと理解したいが、やはり体系化した知識であたまを整理する必要がある。
受験用の問題を解きながらも、教科書にはこんな文があったよね、とか言いながら、これまで学習してきた教科書とのつながりを指摘することも大切である。
教科書を中心に学習してきた子どもたちにとって、新たに整理している知識が教科書にある文章と関係あることがわかるようにするのである。
文法的に理解しているかどうか、よりも教科書のここで勉強したことだ、の方が子どもにとってより印象に残る。こういう使い方をするんだな、で良いと思っているのだ、わたしは。
受験用の参考書なり問題集を独立して学習することはムダである。
要は、これまで子どもたちとどのような学習をしてきたか、である。今まで教科書を中心とした学習をしていないのに、いま言ったようなことをしたら、それこそムダである。
学校とかけ離れて独自のテキストを使って学習してきた塾は、塾のシステムのなかで新たなるテキストを段階的に使って学習するようにできているわけだ。そうでないと、子どもの学習レベルを上げることなどできない。
だから、ここでのわたしのテキストの話など・・・・・だよね?
結局、わたしは自分でテキストを作ってしまった。
・やさしい英語をたくさん読む。
・教科書で習った知識の整理ができる。
・これだけで十分と思える基本文がある。
・いろいろな言い換えがわかる。
・和訳、英訳、逐語訳がそれぞれ練習できる。
・重要語法が確認できる。
だいたいこんなことを1つのテキストで実現したかったのだ。もう自分が作るしかなかったわけである。
子どもたちには好評で、1冊あればほぼ満足できる情報が詰まっているのだから使わない手はない。
最終的に問題集で子どもたちの実力を確認するのだが、最後の最後は自作テキストが役に立っている。
なぜ、わたしがこのようなテキストを作ったのか?・・・それは自分で作るしかなかったから、なのだが、大事なことがもう一つあった。
子どもたちの学習法に関して、テキストの使い方を考えなければならない!と思っていることだ。
それは子どもたちによく言うことだ。今日も言ったし、昨日も言った。子どもたちは入学試験日が近づくにつれ実感してきたようだ。
「やっぱり、言われたようにすればよかった」と。
それってなんだと思いますか?
「わかる」を知るためにも、最後の最後に必要なこと。
やっぱり自分で塾を興しているかぎり、自分のテキストが良いと思うんですよね。
それと、明日受ける試験を前にしてわたしができること。
子どもができること。
そのために大事なことを「いま」やるんですね。
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